カウンター越しの距離感

寿司は、日本人にとって馴染みの深い食べ物ですが、自宅で調理するのは手巻き寿司くらいで、本格的に調理する機会は少ないものです。一から調理するのは手間がかかりますし、にぎりや巻きの調理技術を持つ人は多くありません。このような特性から、寿司の外食依存度は本来高いものと考えられます。

 

一般社団法人日本フードサービスの公表資料によれば、寿司店の市場規模は約1.5兆円です。飲食店の市場規模は約14兆円ですので、飲食店市場における寿司店のシェアは10%以上を占めていることになります。近年、寿司店のシェアはさらに拡大しつつありますが、その要因には、回転寿司の台頭が上げられます。2018年の回転寿司の市場規模は6,560億円であり、前年の6,325億円から3.7%ほど成長しています。寿司店の市場規模は1.5兆円ということなので、約43%が回転寿司ということになります。事業所数に目を向けてみると、3年前と比較し、従業員1~4人規模の寿司店は18,151店から14,821店に18.3%減少する一方で、従業員50人以上規模の寿司店は997店から1,435店に43.9%増加しています。経営不振や後継者不在という理由で廃業する小規模寿司店が多く、厳しい環境下におかれていると言えます。

 

筆者の自宅の近くにK寿司という寿司店があります。家族3人で経営するいわゆる町の小規模寿司店ですが、いつも常連客中心に賑わっています。毎日のようにカウンターに座っているNさんは、一品料理を肴にボトルキープのウィスキーを飲みながら大将と談笑しています。生保レディのMさんは店から頼まれたわけでもないのに、会社やご近所から恵方巻の予約を80本以上取ってきていました。日本酒が好きな筆者は、大将が並べてくれる数銘柄の一升瓶から酒を選び、大将お勧めのネタを適当ににぎってもらいます。時には生鳥貝や北海道産の八角などのちょっと珍しいネタ、自家製の串あさりやメヒカリ一夜干しなどを食べさせてくれます。以前は日本酒が1種類しかありませんでしたが、「美味しい地酒を飲みたい。」という筆者のような利用客の要望に応え、今では珍しい地酒を何銘柄も揃えてくれています。

 

K寿司の利用客には、Nさんのような常連客に紹介されて店に来たという方、Mさんに頼んだ恵方巻きが美味しかったからという理由で来店された方がいます。筆者がはじめてK寿司に入ったのも、義父に連れられてのことでした。今では筆者の方が義父より多く利用しており、何人か友人を連れて行ったこともあります。K寿司は高級寿司店ではありませんが、回転寿司にはない寿司や一品料理を楽しめます。大将はしゃべり過ぎず、寡黙過ぎず、常連客でも一見客でも「適度な距離感」で接してくれています。

寿司屋は、カウンターを挟んで大将が手ずからにぎった寿司を口へ運ぶという、飲食業の中でも特に顧客との近接性が高い業態です。大将の調理技術だけでなく、人柄や接遇が強く経営に影響します。カウンター越しの距離感を心地よいと感じる利用客が家族や友人を連れて来店し、また新たな利用客が増えていく。そんな連鎖が繁盛を呼ぶのではないかと思います。

 

筆者は日本酒と同様、寿司が大好きです。人生最後に食べたいものは?と問われれば「寿司」と答えます。2019年は消費税増税や軽減税率導入、TPP発効など、仕入れや提供価格に影響を与える制度が多数導入予定であり、予断を許さない状況です。令和以降、市況がどのように変化しようとも、日本の誇るべき食文化である寿司が、令和以降の時代も、我々にとってなじみ深く、心地よく食べることができる存在であることを願っております。